ミュージシャン

ザ・フォーク・クルセダーズ



1965年、当時大学生だった加藤和彦の呼びかけにより、きたやまおさむ、平沼義男、井村幹生、芦田雅喜が集まり当初は5人で結成されました。
その後、井村と芦田の脱退により3人組となりました。

コンセプトは「世界中の民謡を紹介する」というもので、活動領域は「関西アンダーグラウンドシーン」でした。
非常に短期間での活動を経て、1967年の解散を記念し製作費23万円で自主制作盤のアルバム『ハレンチ』が制作されます。
それが注目され、各ラジオ局で取り上げられるように!

解散していたにも関わらず、各レコード会社がデビューの話を持ちかけたことがきっかけで、1年限りでプロデビューを果たします。

再びの解散後は、各メンバー違うバンドを結成したりソロで活躍したりなど・・・様々な道を辿っています。

■帰ってきたヨッパライ(1967年)

当時の東芝音楽工業からシングル盤としてリリースされたデビュー曲です。
オリコン史上初のミリオン・ヒットを獲得した代表曲とも言えます!

もともとこちらは、解散の際に自主制作盤に収録された楽曲でした。
日本全国に広まったきっかけは、「オールナイトニッポン」だったといいます。
当時の主流だったラジオの大きな影響力が伺えますね♪

■悲しくてやりきれない(1968年)

2枚目のシングル表題曲です。
リリースが予定されていた『イムジン河』が発売自粛となってしまったため、それに代わる曲として制作されました。
なんと、シングルが発売される前日に、レコード会社の判断によって中止が決まったという話です。

最近では、映画『あやしい彼女』で主演を務めた多部未華子が劇中でカバーをしたり、
映画『この世界の片隅に』でサウンドトラックとして使用されたりなど、現代でも注目を浴びている楽曲の一つでもあります。

■青年は荒野をめざす(1968年)

8枚目かつラストシングルの曲です。
作詞を手掛けた五木寛之著の同名小説をモチーフにして制作されました。

青年が異郷へと旅立つ歌となっており、ザ・フォーク・クルセダーズの新たな出発を飾る曲ともなりました。

こちらで紹介したザ・フォーク・クルセダーズの楽曲も収録の、

<フォークミュージックCD>の購入はこちらから。